指圧の心は母心 押せば命の泉湧く
KikumiOdaira
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みなさんは「指圧」という言葉知っていますか?
「指圧の心は母心、押せば命の泉湧く」は、日本指圧専門学校の創立者・浪越徳治郎氏(1905–2000)が考案した指圧療法の根本理念を表す名言です。母が子を慈しむような愛情で指圧を行い、健康(命の泉)を導き出すという意味が込められており、1960年代のテレビ出演などを通じて広く知れ渡りました。
この言葉の背景と指圧の基本
- 「指圧の心は母心」の精神: 浪越徳治郎氏が、リウマチで苦しむ母親の体を指で押して痛みを取り除こうとした経験から生まれた言葉。他人を思いやる、優しい愛情を持って指圧を行うことが最も大切だという教え。
- 「押せば命の泉湧く」の真意: 指圧によって細胞が活発になり、健康な状態(命の泉)が湧き出る、という意味。また、足裏のツボ「湧泉(ゆうせん)」を刺激することで気力を充実させるという意味も含まれる。
- 技術的な特徴: 「押すのが8、さするのが2」という割合で、垂直に圧をかけるのが特徴。服の上から行うのが基本。
歴史
- 1938年頃に創作され、1960年代のテレビ番組「アフタヌーンショー」でこのフレーズと共に広まりました。
- この理念は現在、日本指圧専門学校などで「母ごころ」として商標登録され、指圧の基本精神として受け継がれている。
創始者の浪越徳次郎について
- 香川県仲多度郡多度津町に生まれる。7才の時に北海道虻田郡留寿都村に移住。1955年、東京都文京区小石川に日本指圧専門学校を設立した。
- マリリン・モンローが新婚旅行で来日した際に、胃痙攣で体調を崩したモンローに素手で触って指圧した
唯一の日本人である。このことについて浪越は「そりゃあもう、とにかく綺麗な方でしたよ。いつもより三倍くらい時間をかけてしまいました」と後にテレビ番組の中で述懐している。 - 他にも、モハメド・アリや吉田茂をはじめとした歴代の内閣総理大臣、A級戦犯を裁いた東京裁判の首席検事ジョセフ・キーナンなど、国内外の著名人を治療したことにより、日本はもとより全世界に指圧(SHIATSU)を普及させた。
- 1971年には無所属で第9回参議院議員通常選挙全国区に立候補したが落選した。
- テレビドラマやバラエティ番組にも出演。特に『天才・たけしの元気が出るテレビ!!』(日本テレビ)では、当初、「アーッハッハ」という豪快な笑い声から「アッハー浪越」の名前で登場。後に、ジェットコースターに乗った際に普段の笑い声が消え、あまりにも怖がっていたためそのリアクションから「ジェット浪越」と命名され、一般人から発掘された福島出身の吉田十三(通称「エンペラー吉田」)とコンビを組んだ。
- 2000年9月25日午前3時7分に、肺炎のため東京都文京区の病院で死去。94歳。
- 墓所は東京都文京区小石川三丁目の伝通院。寺の境内には生前浪越が寄贈した指塚がある。
- 日本指圧専門学校は同寺の傍に所在し、現在、息子・和民が理事長を務めている。
日本と中国の指圧の違い
| 駐豪 | 日本 | |
| 目的 | 治療・改善。中医学(東洋医学)の理論に基づき、骨の矯正(整脊)や筋肉の深部へアプローチ。 | 身体を整え、リラックスさせ、自己治癒力を高める。 |
| 刺激 | 刺激: 痛みを伴うことが多いが、強めの刺激で慢性的な不調を改善する「治癒重視」。 | 「痛すぎず、気持ちいい」刺激が一般的で、日本の繊細な感覚に合わせた低〜中刺激。 |
| 手法 | 指の腹だけでなく、指の関節、肘、前腕(腕全体)も使い、ツボ・経絡・軟部組織を刺激する。 | 主に親指の腹(指頭)を使い、垂直に「持続的な圧」を加える。 |
| 位置づけ | 中国では病院に「推拿科」があり、医師が治療として行う。 | 心身のストレス緩和や、肩こり・腰痛のケアなど、予防・リラクゼーションの側面が強い。 |
日本でのマッサージは、中国式と日本式のコンビネーションが多いかもしれないです。
ちなみに映画テルマエ・ロマエにも出てますね>この指圧のすばらしさ。


