日本では毎年4月が年度の始まりのため、そのタイミングが入学や新社会人の就職時期です。このため、3月が卒業、つまり別れの季節です。その際に歌われる「卒業ソング」についてお話ししようと思います。
皆さん、「青春(せいしゅん)」という言葉を聞いたことがありますか?先日観たテレビ番組で、どうやらこの「青春」と呼ばれるものが、日本独特の文化だと知りました。日本のアニメや漫画に触れたことのある人であれば、わかるかもしれません。そう!楽しくて、眩しくて、ちょっと切ない、主に学生生活の間に繰り広げられる出来事です。
それについて、「楽しい」はいいとして、なぜ「眩しく」て「切ない」のか、わかりますか?実は、眩しいのは、その時はできたけれど、今はもう物理的にも心理的にもできないから。切ないのは、ずっと続かないことを本人たちも知っているから。「今」が「今しかない」ことを理解して、全力で生きている学生たちのその姿が、青春なのです。そして、その終わりが、その場所(わかりやすくいえば学校)からの卒業です。つまり卒業式に歌う卒業ソングは、青春の終わりを告げる歌なのです。
実は、卒業ソングの始まりは100年以上も遡った明治時代、「仰げば尊し」という歌です。私も高校の卒業式で歌ったのを覚えています。先生方への感謝や、学生生活の振り返り、今後の希望を歌った歌です。卒業ソングは他にも、「旅立ちの日に」、レミオロメンの「3月9日」、いきものがかりの「YELL」、ゆずの「友〜旅立ちの時〜」などがあります。古くから歌われているものもあれば、新しい歌がその世代の定番になることもあり、調べた歌の中には私が知らないものがありましたが、一貫性があると感じます。
それは、前向きなエールが入っていても「切なさ」が感じられること。卒業は、未来への希望があふれると同時に、やはり寂しさを感じます。日本人は卒業ソングを通して、自身の学生生活を振り返り、その寂しさをかみしめているのです。日本では、別れの寂しさを感じることは、前に進むための大切な時間だと考えられています。静かに寂しさと向き合うことで、人は気持ちを整え、新しい一歩を踏み出していくのです。
また、卒業ソングが日本でこんなにも文化として愛されているのは、自分の歌った卒業ソングを聴いて、中学校や高校での楽しかった思い出を回想しているのだと私は思っています。青春の形はそれぞれだと思いますが、「全力で生きていた、友達と全力で笑い合った、部活動で真剣に自分と向き合った」あの頃に戻れるスイッチとして、今も愛されているのだと思います。そしてそれは、ただ寂しさをもたらすのではなく、今を頑張って生きようという、エールになるのです。
もうすぐ日本の卒業の季節がやってきます。卒業ソングは、今年も多くの日本の若者に寄り添い、そっと彼らの背中を押すことでしょう。