『もののけ姫』は、私が一番好きなジブリ作品と言っても過言ではありません。その魅力は数えきれないほどありますが、今日は一人の日本人として感じるこの作品を、お話ししてみたいと思います。

まず目を奪われるのは、圧倒的に美しい自然の描写です。実はこの作品、背景に描かれる植物の種類まで徹底的にこだわって描かれています。主人公アシタカが旅をする中で、周囲の木々や草花の植生を見るだけで、実際の日本のどこを旅しているのかが予測できるほどリアルなのです。また、モデルとなった白神山地や屋久島は、今では世界遺産になっています。描かれている森や山は神々しく、今も日本人に根付く「すべてのものに神様が宿る」という八百万の神の感覚を呼び起こしてくれます。この物語は遠い過去を舞台にしていますが、確かに今と地続きなのです。

また、この物語の大きな特徴は、いわゆる「絶対的な悪」が存在しないことにあると感じます。通常、映画では敵と味方の二軸で物語が進みますが、本作でその見方をすると迷子になってしまうかもしれません。 例えば、森を切り拓くタタラ場の責任者・エボシは、自然にとっては脅威ですが、虐げられた人々にとっては希望の光です。すべてのキャラクターが信念を持ち、それぞれの正義を貫き懸命に生きています。だからこそ、時にぶつかり、他人からは矛盾しているように見えることもあります。私はこの作品を観るたびに、「悪とは、単に自分にとって都合が悪い存在を指す言葉に過ぎないのではないか」と感じます。

最後は、その結末についてです。この物語は、わかりやすいハッピーエンドではありません。神聖な森は失われた後に再生しますが、同じ見た目であっても、もう「神の住む森」には戻りません。人間は自然をコントロールすることはできないのです。人間が快適に生きることと、自然を守ることは、どうしても相反してしまうことがあります。でも、生きていくために自然を壊してしまうなら、決して目をそらず、エボシのようにその責任(業)を受けとめる覚悟が重要だと思うのです。自然は人間が管理できるものではなく、人間が自然の一部なのです。ですから、自然を壊して困るのもまた人間であるという、当たり前の道理に帰結するのです。

自分が年齢を重ねるごとに捉え方が変わり、新しい発見があるのが、ジブリ作品の特徴です。もののけ姫は、同じ日本人でも感想は千差万別ですし、文化や宗教が異なる皆さんの目には、この物語がどう映るのかとても興味があります。ぜひいつか皆さんの感想も聞いてみたいです。